「娟々たる月かな。」
「静かだと思うけれどなぁ・・・・・・。」
己が独り言に返事が返ってきたことにいぶかしんだ時行は、声の方向に顔を向けた。場所は三条大路と道祖大路が交わる辺りである。
「今晩は葉裏童子。あと、喧々ではないよ。」
青い月光に照らされて全身からぬらりとした光沢を放つ葉裏童子を目にし、さして驚きもせず挨拶をする時行。ただ、多少の腥さに少々閉口している様ではある。
「今晩は。仕事の帰り?葉裏はごはんの帰りだよ。」
挨拶を受けた後、時行は道祖大路をゆっくりと南下してゆく。その後を追うように葉裏童子が付いてゆく。葉裏童子の質問には短く返事を返しただけで、時行は何も言わない。そうして暫く二人して無言でいたのだが、錦小路に迫ろうという頃葉裏童子が時行に呟くように語りかけた。
「ゆきちゃんてさ、賀茂のとこにいる安倍童子と似ているところがあるよね。」
色が白いこと、目の色が普通とは異なっていること、様々な才に秀でているところ、子供らしくないところなど葉裏童子は二人の共通点と思しきところを上げていった。対して時行はその言葉に何を感じることもなく相槌を打っているだけだった。
「何で知っているのかすらも疑問に持たないんだね。何かつまらないや。」
溜息の代わりともいえるような言葉を吐く葉裏童子。時行は感情を込めずに、かの存在を知っているからだよ。と返す。そして突然くるりと身体を反転させた。それから髪に沿って滑り落とすように黒い紗の被衣を肩まで引き下げた。青唐辛子と俗称される宝玉と同じ色をした双眸が色艶を含み、すっと細められる。その眼差しはあくまで柔和であったのだが、葉裏童子には空恐ろしく感じられた。
「かの者を京に引き入れたが為に、この國の者達は大きな賭けに参加させられた。奇しくもそれと同時に吾等がまけが集まり始めている。イヤでもつまらなくはなくなるさ。」
葉裏童子が次に金切り声を響かせるまで、たっぷりと数秒は沈黙が流れただろうか・・・・・・。
「そういう意味で言ったんじゃないのにっ!」
素足で大地を踏みしめる動作と共にそう切り替えした葉裏童子にくるっと背を向け、時行は笑いながら四条大路に向かって歩いていった。葉裏童子はもうその後を追うようなことはしなかった。踵を返し、内裏の方へと北上して行った。葉裏童子がいなくなったことを確認してから、時行は被衣を被り直し自邸へと走り出していった。
翌日、時行は望来と共に薬圃で泥にまみれながら仕事をしていた。
「立烏帽子だと前屈みの作業がしにくい・・・・・。」
誰に向かうともなく愚痴をこぼす時行。彼は内裏にいる時は出来るだけ目の周囲を覆えるくらいの黒い紗の布をつけた立烏帽子を着用しているが、普段被衣を使用している時は白張り烏帽子や風折烏帽子といった丈のないものを着用している。元服したといっても、何故か髪は落としていないので被髪もしくは後ろで一つに束ねた状態で被衣を着用している時もある。尤もそのような事を知っている者は極一握りの者に限られるのだが。
どこからともなく何かを銜えたシギ――保憲の式が望来の肩に止まる。二人を観察した後、二人共手が汚れていて直接そのものを手に取ることが出来ないと認識したシギは、銜えていたものを望来の衣の隙間に入れる。望来のまとう香に手紙の香がふわっと加わる。
「早速返事を頂いたので持ってきた。」
「態々のお運び有難うございます。」
時行がぺこっと頭を下げると、シギも頭を下げ返しそして飛び去っていった。